2021年3月号「なぜ、星景写真を撮るのか?」

独学で星を撮影して10年余り、コラム執筆の機会をいただいた当協会準会員の竹端です。現在、開催中の第4回巡回展に出展していることもあり順番が回ってきたものと理解しておりますが、拙いコラムをお読みいただければ光栄です。

自然の気配を感じて

寝ても覚めても仕事のことばかり考えていたごく普通のサラリーマンだった10年ほど前、子育てが一段落したのをきっかけに、近場の低山にでかけるようになった。独り自然の中に身を置くことで五感が研ぎ澄まされ、眠っていた感覚が目覚めていく。山の中で感じた自然の気配を写真に残したくて、小型のフォーサーズデジタル一眼(Olympus)を購入。高校生で初めて手に入れたフィルム一眼レフで旅先でもっぱら記念写真を撮影していた時以来、久しぶりにシャッターを切るようになった。活動時間は、再開当初の朝夕のマジックアワーから、いつしか夜中の時間帯に移行し、それに伴って被写体の主役も地上風景から星空が取って代わり、こうして星景撮影と悪戦苦闘する日々が始まった。

当時、星景写真はフルサイズ一眼で撮るのが主流で、感度特性に劣るフォーサーズカメラによる星景写真は皆無に近く、失敗の繰り返しであった。フォーサーズカメラで、星をできるだけ点像に近づけて撮影するための工夫の一つとして魚眼レンズで撮った一枚が 『小宇宙』 (写真1)であるが、そのシャッタスピード148秒、ISO-100という撮影条件に当時の苦労が思い出される。

写真1 『小宇宙』 E-510 8㎜(Fisheye) f3.5 148s IS-100

毎週金曜の夜から山に登っては満足の行く星景写真を撮れない日々。それでも1年以上継続できた原動力は、一晩中見ていても飽きることのない星空の魅力に加えて、肌で感じられる自然の気配(月明かり・雲の流れ・風による木々の揺れ・雨雪など)と、その気配と星が織りなす一期一会の光景との出会いだった。

はやぶさの帰還

2010年6月13日、7年の長旅を終えた 「はやぶさ」が、様々なトラブルに見舞われながらも小惑星イトカワ探査のミッションを達成し無事帰還したのは衝撃的な出来事であった。

その帰還の様子は、国立天文台はやぶさ観測隊メンバーから報告された。メンバーの一人である写真家飯島裕先生は、超広角レンズで流れ星の様に発光した軌跡を画角一杯に収め、かつ他のメンバーが三脚にセットされたカメラが両脇に前景として配置された星景写真が特に印象的であった。飯島先生は、予定通りの時刻・場所にピンポイントで帰還させたJAXAのエンジニアの技が素晴らしい―とコメントされていたが、そのワンチャンスの歴史的な瞬間を見事な構図の星景写真に収めた先生の技量に私は感動せずにはいられなかった。

一番驚いたことは、飯島先生が使用されたカメラがフォーサーズカメラシステム(OLYMPUS E-520とZUIKO DIGITAL ED7-14mm およびOLYMPUS E-30とZUIKO DIGITAL 8㎜の組み合わせ)であったことである。未だに、当時のフォーサーズであの画質の星景写真が撮れることが信じられない。E-510 で星空を撮り始めていた私には忘れられない作品となった。それからの約1年は、フォーサーズカメラで試行錯誤を繰り返しながら撮ったのが星景写真に没頭するきっかけとなった。その甲斐があったのか、ニュージーランドのテカポにある羊飼いの教会と天の川の星景写真(写真2)をオリンパスギャラリーに飾っていただいた時は本当に嬉しかった。一方で、飯島先生の星景写真の画質には遠く及ばず技術の限界を感じてもいた。

写真2 『教会と天の川』 E-510 8㎜(Fisheye) f3.5 60s IS-800

この時のテカポでは、フォーサーズカメラとフルサイズカメラの2台体制としたが、感度特性に余裕があるフルサイズカメラでは様々な条件で撮影が可能であることを痛感し、もっと思い通りの星景写真を撮りたいという思いが強くなった。 『Southern Star Lights』 (写真3)は、超広角レンズを用いて地上の小さな車を配することにより天の川の雄大さを表現してみた。テカポ滞在中に肉眼で見た白いミルクを流した様な天の川、それをカメラで切り取るができた感動を昨日のことのように思い出される。

写真3 『Southern Star Lights』 EOS 5D Mark II 16-35㎜ f3.5 30s IS-3200

私の星景写真

星景写真において、主役である星の構図が大事なことは言うまでもないが、五感で自然を感じられるもの、例えば月明かり、星を隠す雲、山に掛かる雲や山の端を駆け抜ける風など、一期一会の感動を想起させる脇役を構図の中に取り込んだ星景写真を撮りたいと常々考えている。

写真4は、甲州市の黒岳付近より南アルプスの山の端に沈む月を狙った。厚い雲に覆われびしょ濡れになりながら待つこと数時間、雲間から天の川が見え始めた時の手に汗を握るワクワク感は、自分にとって星景写真撮影の快感である。甲府盆地に残った湿った空気が山の端に沈みゆく月明かりで赤く染まるのがとても印象的な夜であった。

写真4 『a magic night』 EOS 5D Mark II 14-24㎜ f2.8 10s IS-1600

写真5は、山の端から登ってきた月が雲海を赤く染めた一瞬を切り取った。平安時代に信仰の山として開山したと言われる金峰山の山頂に立つ鳥居の前で山の神に感謝した。その昔、山伏がこの星空を眺めていたのかと空想することは、山での星景写真の楽しみ一つだと思う。

写真5 『神の山』 EOS 5D Mark II 24-105㎜ f5 10s IS-3200

雲から透けて見える星座も趣があって良い。写真6は、 前景の飯盛山と遠景の富士山を脇役にして、木星とサソリ座を狙ってみた。甲府盆地の街灯りに生活の匂いを感じ、その街灯りに照らされた下層雲が目を愉しませてくれ、上層の雲が主役の木星を引き立ている。

写真6 『雲に透けて』 EOS 5D Mark II 14-24㎜ f5 13s IS-3200

月夜に花嵐が吹いた様子を切り取ってみた。桜が主役で星景写真というには相応しくないかもしれないが、月光下に春の強風で揺れる桜を聴覚・視覚・触覚で感じながら撮影した作品(写真7)である。

写真7 『弥生の風』 EOS 5D Mark II 16-35㎜ f3.2 10s IS-6400

最後の一枚は、当協会が扱う星景写真(ワンショット・一枚撮りで星空と風景を切り取った作品)ではないが、機会あるごとにチャレンジしている縦構図の天の川です。写真8は、7枚をパノラマ合成したもので、全天に立つ天の川により宇宙の雄大さの表現を試みた習作です。次回は、地上風景の工夫とカノープスが富士山頂に来たタイミングで撮りたいと思っています。

写真8 『長河』 EOS 5D Mark III 14-24㎜ f2.8 10s IS-3200

「はやぶさ2」が帰還したこのタイミング(2020年12月6日)で、コラムを書けたのは目に見えない縁を強く感じる。遠くにあり暗くて小さい星と近くにあり明るい地上風景をヒトが同時に見ることは至難の技である。その見えない光景を見える様にして、その時に心に感じた何かを一枚の写真に表現することを探求するのが星景写真だと考えており、これからもユニークな(unique)な作品を作っていきたい。余談ですが、昨年購入した最新のフォーサーズカメラの機動性を生かして星景写真を撮るのも楽しむつもりです。

最後になりますが、国立天文台はやぶさ観察隊メンバーであり、本協会理事である大西浩次先生から始まった本コラムに投稿の機会を与えていただいたことに感謝いたします。

プロフィール:
著者:竹端 榮(たけはな さかえ)
神奈川県在住 日本星景写真協会準会員
主に甲信地方にて、独り、自然の気配を感じながら星景写真を撮影する。