2024年9月号「一生に一度は見たいもの」

星好きの人が一度は見てみたいと思うものとして、大彗星や大流星雨、皆既日食、南半球での星空などが挙げられるのではないでしょうか。幸いいずれも完璧ではないもののそれなりに体験してきました。次に見たいものを考えたとき、浮かんだのがオーロラでした。かつて「天体写真撮影」をメインに活動していたころは、正直なところオーロラは光害や雲と同様に作品に写り込んでしまう邪魔なもの、と思っていました。ところが、星景写真の魅力に取り憑かれるようになると、変化の少ない星空部分に一期一会の姿を添えてくれるオーロラの存在に魅力を感じるようになり、気が付けば3回も遠征するほどになりました。

直近の3回目のオーロラ遠征は、なんと娘と一緒に行くことができました。今回はその旅での作品を中心にお話ししようと思いますが、まずは、それに至ることになったかつての遠征から、それぞれ思い出の一枚を紹介します。

はじめてのオーロラ(2013年12月/アラスカ・フェアバンクス)

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初めてのオーロラ遠征は、星景写真撮影には嬉しい月明かりのあるタイミングでの厳冬期のアラスカでした。残念ながら毎夜の曇天に悩まされ、最終夜にしてようやく弱いオーロラに出会うことができた程度の結果となってしまいました。もちろん初めて出会えたオーロラに大感激したのですが、もっと素晴らしいものを見たいとリベンジを誓うことになりました。
ここで得られたのは、マイナス39℃という極寒環境での撮影経験と、その後の遠征に繋がるオーロラ好き仲間との出会いのきっかけでした。

秋のオーロラ(2018年9月/カナダ・イエローナイフ)

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初めてのアラスカ遠征から帰ってきた後、とあるオーロラ愛好家の集まりのメンバーに入れてもらえました。そのおかげで、そのメンバーとの交流の中で一緒に秋のカナダ・イエローナイフ行きが実現することになりました。秋だと凍結前の湖面に映るオーロラという、星景写真にぴったりのシーンが期待されました。

そして遠征中は毎夜オーロラを楽しむことができ、最終夜にはこれでもかというような大ブレイクアップに遭遇することができました。これで完全にオーロラ病にかかってしまいました。

これら2回の遠征での感動は、もちろん家族にも写真を交えつつ話をしていましたが、これが娘の心に響いていたようです。

2度目のカナダ・イエローナイフ(2024年2月)

あの感動を再び味わいたいと、会社のリフレッシュ休暇を取れるタイミングに合わせて遠征を計画し始めたのが2023年の春です。冗談半分で娘に「一緒に行くか?」と聞いてみたところ、即答で「行く!」と返ってきました。本人は風景などではあまり感動しない性格なのですが、オーロラは『一生に一度は見たいもの』となっていたそうです。娘との二人旅なんて私自身にとっても貴重な機会であるため、実現に向けて本格的に遠征計画に取り掛かりました。オーロラ仲間に声をかけ、総勢5名でのレンタカーを使って自由に移動できる9月のイエローナイフ遠征のプランが出来上がりました。

旅行会社には頼らず、メンバー内での各種手配が完了したのが6月末。あとは出発を待つばかりだったのですが…

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【山火事の煙予報:赤〇部分がレンタカーで移動しながらオーロラハントしようとしていたエリア】

https://firesmoke.ca/forecasts/current/

夏を迎えたカナダでは、例年通り各地で山火事が発生していました。しかし、この年は例年になく酷い状況となり、ついには遠征先のイエローナイフ市にも避難命令が出るほどになってしまいました。旅行客が足を踏み入れることなど論外で、出発の半月前には苦渋の決断としてキャンセルせざるを得ませんでした。この時期のオーロラ遠征を断念した知人も多く、ASPJメンバーの中にも同様の状況に直面した人がいました。

リフレッシュ休暇の取得期間の都合もあり、1年後の秋は難しいため、冬季に仕切り直すことにしました。厳冬期になるので娘にはハードルが高くなりますが、まあそこは頑張れ! 当初のメンバーの都合が付かなかったため、旅行会社のツアーを利用することにしました。市街地のホテルに宿泊し、「オーロラビレッジ」というオーロラ鑑賞施設に毎夜バスで出かけるプランです。天候次第で自由に移動できないのがネックですが、一度はこの施設でオーロラを見てみたいと思っていたことと、すぐに暖を取れる場所が確保されているため、同行する娘のことを考えるとここが一番だと判断しました。

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そして迎えた2月初旬、4泊6日のイエローナイフ滞在がスタートしました。オーロラチャンスは4夜あります。初日、ホテルに着いて一息ついた後、オーロラ鑑賞に出発しました。30分ほどでオーロラビレッジに到着し、バスを降りると雲一つない空に満天の星が広がっていました。幸い、オーロラはまだ出ていません。

施設内の鑑賞スポットを実際に歩いて案内してもらい、その後は自由行動となりました。写真に写っている三角屋根のテントはティーピーと呼ばれ、その中には暖炉があり、暖かい飲み物も提供されています。オーロラが出るまでここで待機することができます。オリオン座はほぼ南中していますが、高緯度の地なので高くには昇らず、まるで大地を歩いているかのように見えます(写真中央にオリオン座)。

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しばらくオーロラは現れず、星の写真を撮りながら散策していました。すると、肉眼ではほとんど分からない淡いオーロラがカメラで捉えられるようになりました。急いでティーピー前の広い場所に移動すると、オーロラはどんどん強まってきて、天の川と同じくらいの明るさで天にアーチ状に架かっている姿に感動しました。淡いながらも、写真に撮ると実にカラフルな姿が映し出され、初日からこんな立派なものが見られて幸先が良いです。気持ちも落ち着いてきたところで、とりあえず押さえのツーショットの記念写真を撮りました。カメラの背後にあるティーピーの明かりで雪原が明るく照らされています。

マイナス26℃までしか下がらず、少し拍子抜けするほどの暖かさでしたが、結果的にこの夜が一番の冷え込みでした。

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二夜目は曇り空からのスタートでした。ティーピーで過ごしたり、凍ったバナナを使った釘打ちのアイスショーを楽しんだりしていました。ショーが終わって空を見上げると、西の低空の雲が薄くなり、星も見えてきました。ちょうどそのタイミングでオーロラも姿を見せ始めました。

撮影ポイントに戻り、さらなる好天を願いつつ、「ほら、あそこにオーロラが見えているぞ」のポーズ。椅子は椅子置き場から自由に持ってきて使うことができます。

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その後、願いが通じて晴れ間が広がり、縦筋のあるオーロラがまるでサラサラと音を立てるかのように緩急をつけながら動く様子を楽しむことができました。かなり感動的な光景に二人ではしゃいでいました。「ティーピーとオーロラ」のシーンも、ひとまず満足のいく作品を残すことができました。

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三夜目は前景を変えたくて丘の上に行くことにしました。ここは北の空が地平線まで見渡せるビューポイントです。北極星の高さは62.5°もあり、はくちょう座さえも沈むことなく下方通過していきます。

丘に向かう途中で寄り道しながら撮影を行い、この場所に着いた頃には北の低空にアーチ状のオーロラが見えていました。そして、次第にこちらに向かって移動してくるのが分かりました。大暴れしてくれ!

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そして、ちょうど頭上に差し掛かってきたころ、見事なオーロラの爆発(ブレイクアップ)が起こりました。雪原が緑色に染まり、メラメラと緑の炎が燃えているかのような空になりました。
「うぉ~~!」
実はもっと劇的なまぶしいブレイクアップを期待していたのですが、それは贅沢というもの。素晴らしいショーを堪能することができました。この時、娘はスマホで撮影していましたが、見応えのある写真をしっかりと撮っていました。近頃のスマホは侮れません。

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ブレイクアップのピークを過ぎて少し空が落ち着いてきたころ、我に返って記念撮影しました。いやあ、良かった良かった。

娘にとっては初めてのオーロラの旅にもかかわらず、『一生に一度は見たいもの』の夢を、こんなに見事なオーロラで叶えることができました。一方、私にとってはカメラを連写しっぱなしにしておき、並べた椅子に一緒に座ってのんびりとオーロラを眺めることができた経験は、『一生に一度の宝物』となりました。

最終日の四夜目は終始曇り空となってしまいましたが、三夜目に十分満足できていたので、焦りは全く感じませんでした。しかし、その旅の最後に大波乱が待っていました。予定ではオーロラ鑑賞後にホテルに戻って荷造りし、早朝の飛行機に乗るはずでしたが、オーロラビレッジをまさに撤収するタイミングでその便の欠航が判明したのです。冷や汗ものの添乗員さんの尽力のお陰で、一旦、日本とは反対方向のトロントまで飛んで延泊することになりました。思いがけないアメリカ大陸の西側から東側へのオプションツアーが追加という実にスリリングな旅の終わりとなりましたが、それはそれで良い思い出となりました。

それにしてもオーロラは不思議な魅力があります。星景写真好きの人なら感動すること間違いなしです。一度はご自身の目で見て、体で感じることをお勧めします。

以上で娘とのオーロラ旅のお話は終わりますが、冬のオーロラなどの厳寒地での撮影に役立つ小ネタを紹介しておきます。

寒冷地向け小ネタ

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まずは三脚です。最初からスポンジが巻かれた製品もありますが、そうではない製品もあります。写真の三脚は後者なのですが青いグリップを自分で装着しました。これは清掃道具のモップ用のスポンジグリップなのです。「モップ グリップ」などで検索すると見つかると思います。すでに10年以上使用していますが、汚れ以外の劣化は見られません。非常に安価でコストパフォーマンスは最高です。握った時のすべり止め効果もありますので、常温下でも役に立ちます。

次に、自由雲台用のグリースです。かつて厳冬期のアラスカでオーロラ撮影をした際、自由雲台のグリースが低温で硬化し、構図変更がスムーズに行えなくなった経験がありました。そこで、今回の遠征に合わせて超低温でも硬化しないグリースを入手し、ボール部分のグリースを交換しました。そのおかげで、何の苦労もなく構図変更ができました。「超低温潤滑グリース」で検索すると、写真のものが見つかると思います。使用温度は-60℃~+180℃となっていますが、常温下では滑らかすぎるため、帰国後には普通のグリースに戻す必要があります。

なお、これまでのオーロラ遠征記は以下で公開していますので興味があればご覧ください。今回のコラムは3回目の2024年の遠征記からダイジェスト版でお届けしました。

1. 2013年アラスカ・フェアバンクス
http://hoshizora.blue.coocan.jp/2013ak/f_2013ak.htm
2. 2018年カナダ・イエローナイフ
http://hoshizora.blue.coocan.jp/2018yk/f_2018yk.htm
3. 2024年カナダ・イエローナイフ
http://hoshizora.blue.coocan.jp/2024yk/f_2024yk.htm

著者: 渡部 剛(わたなべ つよし)
神奈川県海老名市在住 日本星景写真協会 正会員
http://hoshizora.blue.coocan.jp/
https://www.facebook.com/tsuyo.watanabe

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今回の遠征の初日の撮影終了時の姿