2023年6月号「心の拠り所としての星景」

皆さん初めまして。ロス玉青と申します。普通の日本人ですがアメリカ東海岸最北端のメイン州に住んでいます。
メインは北と東西をカナダに囲まれた避暑地。名物はロブスターとブルーベリー。
赤毛のアンで有名なプリンスエドワード島の近くというと日本の方にも馴染み深いでしょうか。
リアス式の入り組んだ海岸線に小さな港や灯台が点在し、運が良ければ低緯度オーロラも見える風光明媚な場所です。

東京から引っ越して驚いたのはその降るような星空。天の川もくっきりと立ち昇っています。
最寄りのスタバまで車で1時間15分の辺境ですが、ヘッドライトを消して車の外に出るとそこは自然のプラネタリウム。
頭上を埋め尽くす星々はまさに金銀砂子。私にはどんな宝石よりも美しく思えるのです。

異郷での暮らしに苦労はしても、満天の星空を見上げるたびに心が慰められます。
この空に出会えてよかった、と思う瞬間です。

星景にはうってつけの場所のように思えますがメイン州は森の割合が全米一。なにしろ樹木が多く、低空を広く撮れる場所が海しかありません。北緯45度では夏の天の川の中心部を撮ろうにも立木がじゃまになることがしばしば。その代わり花火大会の後にオーロラが見えたりするので与えられた環境で題材を探せとの天のお告げかもしれません。

写真歴=星景写真歴

初めは目で見て楽しんでいた星空ですが、やがてKAGAYAさんの写真に出会いました。
Twitterにあがる星景を毎日うっとり眺めていた頃に見つけた一つのツイート。
そこにはなんと誰でも星の写真が撮れると書いてあったのです。
しかもこれ以上ないくらい簡単な数行の設定とともに。

星の撮影なんて一握りのプロのもの、天文台やNASAの望遠鏡など特殊機材を使い高度な処理を施す分野だと思いこんでいた私にはまさに青天の霹靂でした。
これなら私にもできるかも!と有頂天になり早速試してみたのが2017年。

三脚も持っておらず、誰も使っていなかった仕事用のα6000にF3.5のキットレンズをつけて地面に置き2秒タイマーで撮ったのが最初の星景写真でした。
ただいくつか星が写っているだけでしたがとても嬉しかったのを覚えています。
すぐに安い三脚とレリーズを求めグルグルに挑戦したり天の川を写したり。
ネットで星景撮影の情報を探し回り、激安の明るいレンズを買い、庭以外の場所にも遠征して撮影三昧。毎晩が楽しくて幸せでした。

夜の音

星景写真を撮り始めて気付いたのは、夜の世界も音に満ち溢れているということでした。
波音や風の音はもちろんのこと、森ではコヨーテの遠吠えやシカ、キツネ、フクロウ、湖ならカエルやアビの声に水面をしっぽで叩くビーバー、空には雁の群れ。
あの声はなんだろう、と後で調べるのも楽しみの一つです。
とはいえ後ろの藪でガサガサ音がするとドキッとしたり。

グリズリーの心配はない地方ですがスカンクが曲者。
スカンクの直撃を受けたら廃車にする覚悟がなければ車にも乗れません。家にも入れません。庭でソロキャン。夏であることを祈ります。
カメラやレンズのプラスチック部分に付いたニオイは一生消えないでしょう。

でも私にとって怖いのはむしろ人間。
自然の音に満ち溢れた夜はかえって安心して心穏やかに過ごせるひとときです。

冬の寒さ対策

アラスカほどではありませんがメイン州も真冬は時折マイナス30度近くになるので寒さ対策は必須です。
11月から4月は基本冬。南極越冬隊仕様のダウン上下と滑り止め用のクリートは車に常備。
北米の冬の厳しい地方ではスバルにスノータイヤがデフォルト。駐車場で車を探すのは一苦労です。
ブーツは内側がムートン、メリノウールの靴下にバッテリーで温める電熱靴下。
帽子は毛皮耳あて付き、顔には強盗みたいなバラクラバ。手袋は二重、外側は防風防水仕様。

それでも風が強いと眼が寒くてたまりません。-20℃以下では電池はすぐお亡くなりに。
交換時に外側のミトンを外すとあっというまに手がかじかんで細かい作業が難しくなります。
レンズフィルターも凍って外せなくなるのでその時は諦め、カメラモニターなど可動部も動かさないよう用心します。レリーズもコードがカチばって曲がらなくなったりと不安な撮影に。

しかし台風が来るとはしゃぐ子供だった自分。過酷な自然に立ち向かうとなぜか心躍ります。生きて無事でさえあれば後々自慢できますからね!

夏の虫

メイン州では春が短く一気に夏になり、それと同時にブヨも一斉に出てきて5月は外に出るのが億劫になります。しかし夜は冷え込むためあまり虫の心配をせずに撮影できます。

夏も夜涼しく、寒流のとりまく海辺などは肌寒いほどです。
カメラのノイズが減るので涼しいのは歓迎ですが、こんどは湿気と蚊が敵になります。

あのネオワイズ彗星が飛来した7月、防虫ネットに全身を包みノーマット持参で水辺で待機する不審な東洋人の隣に三脚を立てたおじさんは襲いくる蚊に音を上げて暗くなるのを待たずに去っていきました…。

アメリカで防虫といえばプラスチックも溶けるDEET30%スプレーと、役に立たないどころか熱で虫を呼び寄せるシトロネラキャンドルに効かない蚊取り線香モドキしかありません。
日本製の虫よけグッズは必需品。里帰りのたびにたっぷり買い込み、足りなくなるとアマゾンジャパンで注文してお取り寄せ。日本の技術は世界一ィィィ♡

ただホタルを撮るときは虫除けをどうするか悩むところです。
アメリカの蛍は陸生で、草原があればどこにでも出没する夏の風物詩です。

6月の夕暮れ、ホタルの舞う芝生で遊ぶ子どもたち。優しく見守る家族。ピクニックテーブルでアイスクリームをあーん♡し合う恋人同士。まるで夢のような光景です。
しかし目がハートになっているのは私だけで、当のアメリカ人たちにはホタルなど普通すぎてまったく目に入っていません。もったいない!まあ庭にも道路脇にもいっぱいいますしね^^;

でも私にとっては初めて見るホタル。
たくさんのホタルが点滅しながら舞う姿はなんとも美しく、うっとりしてしまいます。
お風呂上がりに庭のホタルを眺める贅沢は田舎ならでは。
夜中まで光り止まずいつまでも見とれていて寝不足になるのが毎年悩みの種です。
しかし星景と合わせ技にしようとすると急にみんな遠くに行ってしまうのはなぜなのでしょう…。

ワクワクを取り戻すまで

星景写真を撮るために一番勉強になったのは先輩方の素晴らしい作品のEXIF情報でした。
といっても露出やf値がなんなのかすらわかりません。まさにゼロからのスタートです。
幸いPhotoshopは仕事で使っており画像編集はすぐに理解できました。

しかし知識が増えるにつれて思い込みも増えました。スタックしてノイズを減らさなきゃ、ダークとフラットとバイアスも撮らないとダメだ、などと。前景に木が多いのでマスクを作るのも大変です。
こうして次第に編集しないままのデータが増えてワクワクを感じなくなってしまったのです。

撮影現場でも他の構図を試したいのにまだあと10枚撮らなきゃ、と待つ時間が苦痛でした。
車で20分以内の近場でないと行くのもおっくうに。少しでも雲が出ると撮影を止めて帰宅。これじゃダメだ!

ついにある日、飽きやすい自分に手間のかかる撮影手法は無理だと悟りました。
それからは昔のワクワクを取り戻すべく、気ままな夜中の徘徊と出たとこ勝負の構図決めでの思わぬ発見に興じています。近年はノイズ軽減ソフトの進歩も素晴らしく、一枚撮り星景に追い風が吹いてきたように感じて勝手に喜んでいます。

星よいつまでも

星景写真に興味を持ったおかげで星の動きや様々な空の現象に気付いたりと多くの知る喜びを得られました。そして撮影現場やネットを通じて同好の方々と知り合えたことは大事な心の財産となりました。
また人生の苦境を乗り越え感動する心を取り戻せたのもこの趣味のおかげだと思っています。

あと何年気力体力が続くかかわかりませんが、これからも季節とともに移り変わる星空と美しい自然を長く楽しんでいけたらと思います。

著者:ロス玉青(たまお)
米国メイン州在住

所属:猫のいる星空cafe