2024年3月号「星景写真思い出話」

冬らしくない冬も過ぎ、春がやってこようとしています。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。改めまして、みなさん初めまして。普段は福島県のプラネタリウムで解説をしています、正会員の安藤享平です。星景写真との付き合いは星と向き合う楽しみの一つとして、そして現在は仕事でも続けていますが、今回はこれまでの星景写真の思い出をいくつか振り返ってみたいと思います。昔話が多くなってしまいましたが、お付き合いいただければ幸いです。

●星景写真との出会い


まず、天文に興味を持ったのはハレー彗星が回帰しようとする、1985年でした。実家近くのショッピングセンターにあったカメラ屋さんに祖母が頼み、大フィーバーで望遠鏡が品不足という中で何とか手に入れたのが6センチの屈折経緯台望遠鏡(ビクセン・イカルスD-60L)でした。地元のプラネタリウムに通い、天文雑誌や臨時増刊された特集本などを読み、1986年3月に観望好機となったハレー彗星を観察しようとしたものの、さっぱり見つけられないままハレー彗星が遠ざかっていき、手元に望遠鏡が残りました。ただちょうどこの頃は、火星接近に月食といった天文現象が続いたので、望遠鏡でそうした天体観察を楽しんでいました。

眼視での観望を楽しんでいくと、次に興味を持ったのが天文雑誌で目にする数々の天体写真です。自分でも撮影してみたいと思い、叔父からカメラ(ニコマートFTN)を譲り受け、天体写真の入門書に書かれた固定撮影・直焦点撮影・拡大撮影と続けていきましたが、一つの雑誌記事との出会いが「星景写真」に大きくのめりこむきっかけとなりました。

写真1

<写真1:当時の私の天体写真(星景写真)の教科書(藤井旭さんの本はその後の新装版です)>

山田卓さんの「今、星の写真が面白い」(月刊天文1988年9月号)で、手元のスクラップブックにコピーが残っていました。星を見上げる楽しみと、それを写真に残す楽しみが強く印象に残り、いろいろな風景と星を撮ろうとあちこち出かけてはレンズを星空に向ける日々が始まりました。中学時代には三脚を背負って地下鉄に乗って夜の熱田神宮に行き、写真を撮ろうとしたら職務質問されるなど、何ともな経験をしつつ1台のカメラとほぼ1本のレンズだけで試行錯誤しながら撮影を続けていきました。

当時は「見上げた様子を表現するため、星を点像に写したい」とこだわり、出たばかりのISO1600や3200の高感度フィルムを多用していました。おおらかな時代だったのでしょう。中学校の理科準備室にあった暗室を先生に頼み込んで借りて、日々モノクロの現像やプリントで使わせてもらえたこともよい経験になりました。のちにリバーサルフィルムを使用するようになっても、このころはほぼ点像の写真ばかりを撮影していました。

そうして、雑誌の天体写真コンテストに初入選した写真も点像で撮影したものだったのですが、意外なことに気づきました。掲載された紙面ではほとんど星が見えていないのです。「星が写ってないじゃん」と言われたりしながらも「ポジではそれなりにはっきり見えているんだけどなぁ」と思いつつ、モヤモヤとしていました。このモヤモヤは、のちに仕事で星景写真を写真集にする仕事をするようになり、印刷で星景写真の微妙なディテールを出すことの大変さを思い知るようになったときにやっと晴れたのでした。

写真2

<写真2:初入選した木曽・妻籠宿での星景写真(月刊天文1991年9月号)>

●撮影の日々


大学に入るとさらにのめり込むようになり、授業後に山に出かけて撮影をして夜明けに大学に向かって帰り、昼から?授業に出て、晴れたらまたその後出かけてという日々を過ごしていました。当時住んでいた愛知県から、主な撮影地である木曽・御嶽山まではおよそ3時間、翌日の授業がないときには白川郷や信州の各地などにも出かけて、片道6時間という行程も苦になりませんでした。

若いので無茶をしていましたが、体の限界を超えることもありました。あるとき、木曽の開田高原に出かけると、そのシーズン一番の冷え込みで夜明け前はマイナス20度を下回りました。帰り道、どうも息がしづらく、さすが寒いからだなぁ、と休みながら家に帰ってみると、熱は40度を超えていて、実は肺炎になっていたということもありました。無理せず楽しみながら撮影したいものです。

写真3

<写真3:木曽・開田高原にて>

このころ、日本星景写真協会立ち上げの前身である、各地の星景写真を撮影する方々と交流の場に参加できたことも、大きな刺激になりました。初代会長になる服部完治さんに誘われ、確か最初は白馬だったと思いますが、現在会長の中川達夫さんや前回コラムの執筆者である手塚耕一郎さんなど各地のみなさんと、夜通し写真を見ての談義や撮影に出かけるなどをしました。現在、本会には多くの会員・会友の方がいらっしゃいますが、交流を通してより星景写真を楽しみ、発展していくことを願っています。

●福島での星空


2001年、愛知県から福島県に引っ越しました。福島県は全国3番目の広さですが、郡山市は中央近くに位置し、県内各地に出かけるには便利なところです。そしてもう一つ、美しい星空に出会うまでの時間が非常に短いことに驚きました。愛知県では天の川を見るには車をしばらく走らせて何十分・1時間とかかりましたが、ここでは市内でも車を20分少々走らせれば天の川が見られます。1時間も走らせれば素晴らしい星空に出会えました。高村光太郎の智恵子抄には安達太良山(作中では「阿多多羅山」)のうえに「ほんとの空」があると書かれていますが、福島県は星空でも同じことが言えるのでした。

写真4

<写真4:冬の裏磐梯にて>

そして福島県内の素晴らしい自然風景も数々も魅力的です。山も海にも出会えれば、江戸時代の宿場を残す光景、春はしだれ桜をはじめとする数多くの桜の木々があるなど、被写体に困りません。これは撮影で楽しく日々を過ごせそうだと思ったのですが、仕事で思うように出かけられない日々が続いたことと、広い県内をめぐることはなかなか困難でもどかしい日々が続きました。

●フォトコンテストの企画


そうしている中で、仕事で福島県内の星空の素晴らしさを発信する企画を館がることになりました。そこで思いついたのが、福島県内での星景写真を募集し、選出された作品で広く紹介しようというフォトコンテストでした。

まだ企画当初は星景写真協会が発足した直後で、まだ「星景写真」という言葉が広く浸透しているか自信がありませんでした。そこで当初は「星空写真コンテスト」と銘打とうと考えていました。企画を検討していく中で、福島県出身の自然写真家の方と打ち合わせを行い、よりすそ野を広げていく方法を考えていく中で、風景写真では星が題材の作品はまだ少なかったものの月は多くみられたことから、「星・月の風景」をテーマとしてアピールすることで、風景写真愛好家の方にもより参加してもらえるようにしよう、となりました。こうして2008年に第1回目の作品募集を行い、現在まで2~3年間隔で開催を続けています。

写真5

<写真5:秋の裏磐梯にて>

第1回コンテストの際は、入賞作品のうちおよそ半分はフィルムでの撮影によるものでした。回を追うごとにデジタルでの作品が増え、最近はすべてデジタルカメラによるものとなりました。撮影機材が急速なスピードで変化したことを、こうしたところからも実感しています。一方で過去からの作品を展示すると、フィルムによる作品の雰囲気に惹かれるという方もいらっしゃいます。さまざまな撮影スタイルを追求するのも面白いと感じています。

13年前の2011年3月の東日本大震災も大きな変化を与えました。ちょうど第2回コンテストを終えた直後でしたが、全国各地の天文施設などで福島県を知っていただく機会として、このコンテストの作品展示を行っていただくことになりました。現在ではのべ60か所以上で巡回展示を行っていますが、福島県の素晴らしい星・月の風景に触れていただくとともに、星景写真の普及にもなっているかな、と思っています。

●今後の楽しみ


記憶に新しい2020年からのコロナ禍では当初外出の自粛が言われ、桜の時期のライトアップが軒並み中止になりました。久々に撮影に出かけてみると、ライトアップが中止となった桜の名所では何名ものカメラマンの方と出会いました。また、2020年7月のネオワイズ彗星の際に磐梯山を望める場所に出かけていったところ、風景と彗星の狙える場所に多くのカメラマンの方が集まっており、すでに満員の状態でした。最近は星景写真を多くの方が撮影されていると感じています。

写真6

<写真6:猪苗代町でのネオワイズ彗星>

さまざまな感性で、より多様な表現が広がってくることが楽しみです。一方で数多くの写真を目にしていると、最近は撮影後の画像処理が非常に強い、不思議な色調の写真にも多く出会うようになりました。フィルム時代も、その特性でさまざまな特徴的な色合いが出たり、プリントでの明るさの補正で作品作りに試行錯誤しましたが、デジタル撮影での作品作りはまた違う難しさを感じています。

これからも多くの方の作品を拝見して楽しんでいきたいと思います。そして、そろそろ撮影も再開できればと考えていますが・・・

著者:安藤 享平(あんどう きょうへい)

福島県在住、日本星景写真協会正会員

写真同人ウルフ・ネット会員

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科学館勤務で、プラネタリウム解説をはじめとする天文事業を行っています。星景写真の個人での撮影はしばらく休眠中です。星景写真とは関係ありませんが、以下の書籍の執筆をいくつかの章担当しましたので、よろしければご覧ください。

  • プラネタリウムの疑問50 (成山堂書店)

https://www.seizando.co.jp/book/11550/