2024年4月号「目で見る星空の楽しみ」

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カメラを持って星空のもとへ向かう。この星空ハイクの楽しみについて書いてみよう。1月末のある日、朝からの雪がやんだ夕方に急いで星空撮影へと出かけた。この日の目的は、志賀高原の稜線から見る山並みスレスレのカノープス。南中時刻は午後9時半ごろで、まさにこの日は月明かりが山々を照らし始めるタイミングだ。さらに、スノーモンスターのような針葉樹の森を放浪しながら、南中時刻まで冬の星空を撮影することだ。持ってゆくのは、45LのLowproのザックに詰め込んだ1台のカメラと4本のレンズ(fl=8-15mm,14-24mm,24-70mm,135mm)、三脚1本、フィルター1枚、ポラリエUとモバイルバッテリー、あと、少々の水と非常食、小さな双眼鏡にインナーダウン。自宅から標高1800mの駐車場まで約1時間強、快適な雪道ドライブでほぼ予定通りの午後8時前に到着。ここでスノーシューに履き替えて、撮影地点まで約70分間のスノートレッキングの予定だ。始めの30分ほどスキー場の端をひたすら登る。雪で覆われた針葉樹の森と星たちが非常に良いアングルで見えてきた。ここで、一息整えるつもりでザックを下ろして星空を見上げる。雪のついた針葉樹の森の隙間からオリオン座やシリウスの輝きを見ながら歩き回る。

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星空ハイクの楽しさは、撮影までの道のりでも撮影中の構図探しの時も、自分の目で確実に星の光を捉え続けることだ。数十光年~数百光年彼方の星から放出された光子が、直接、自分の目の中に飛び込んでくる。カメラの目(CMOSセンサー)とは違う、リアルな世界が展開している。さらに、網膜の細胞では反応できないけど、宇宙誕生時約138億年前のビックバンの名残(宇宙背景放射)の光子も確かに目の中に飛び込んで来ているのだ。そんな宇宙からの光子を受けながら星空と対峙するのだ。撮影では、星空より森林を大きく入れる構図が好きだ。「自分と地球と宇宙とが一体となる」感覚を表現したいからだ。

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気づくと、いつのまにか40分以上も撮影していたではないか。このままでは、カノープスの南中時刻まで間に合いそうにない。ということで、目的地を1960mピークに変えて、登るのではなく森の中を横断して別の稜線へと向かった。途中で冬期閉鎖中の車道を使って歩いてゆくと、両側の森の隙間からオリオン座が大きく迫ってくる。思わずザックを下ろして撮影を始める。

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手短に20カットほど撮影すると再びカノープスに向けて歩き出す。

しかし、目的の稜線に出たときは、すでに南中時間をオーバーしていた。月明かりうが南の山並みを照らし始めている。時間は午後10時前、シリウスを目印におおいぬ座の前足(βCMaミルザム)と後ろ足(ξCMaフルド)を繋いで下を見るもカノープスが見えない(*)!中望遠で撮影すると、わずか0.1~0.2°足りていないことがわかる。やや遅れてしまったようだ。残念!

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(*)カノープスを探す方法。長野県山ノ内町(志賀高原)からのカノープスの南中高度は大気の浮かび上がりの補正をしても0.5~0.6°。

浅間山へと連なる山並みは明るく、星空撮影のタイミングもすでに終了だ。仕方なくカメラをしまって戻り始めると、月明かりで輝く雪原に無数のうさぎの足跡が交差していた。

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このうさぎの足跡に沿って、新雪の斜面を一挙に登り切るとオリオン座が大きく見えていた。これは美しい。月明かりに負けず、星空が映える。透明度がいいのだ(**)。

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(**)気温がマイナス15℃位と低くて水蒸気が少ないためだ。

撮影してみると、月明かりの中で見る星空の雰囲気が意外と良くでている。そこで、撮影しながら、更に森の奥へと歩くと、天を焦がすようなシリウスから逃げ出してきたうさぎの足跡が眼の前までつながっている。

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ふわふわのスノーパウダーを蹴散らしながら月夜を歩き回ると、それはもう楽しくてしょうがない!次々と出てくる撮影対象を撮影しながら、ゆっくりと下山する。本当に心から楽しい星空ハイクであった。

星空を撮影する楽しみは、星景写真にふさわしい大地と大気と宇宙の「一瞬」を探して歩くことで、自分と「地球や宇宙との一体感」を得ることだ。樹や地形を観察し、雲の流れや大気の冷たさを感じ、周囲の音や匂いを感じる、まさに自分の五感をフルにつかって宇宙と一体化するのだ。さらに、予定調和でない「一瞬」(セレンディピティ)、ここでは、自分の想像を越えた光景に出会えたときの感動は代えがたいものだ。こうした経験が、新たな撮影意欲を掻き立ててくれる。星景写真の楽しみは、撮影の際に、じっくり星を見ることが出来ることだ。そして、非日常的な体験の中で、私達が宇宙の中で生かされていると感じ、自分自身の宇宙の中での位置付け(意味付け)などを知る(感じる)経験が出来ることだ。

OhnishiKouji

大西浩次(おおにしこうじ)

富山県出身。20代から星景写真家として活動している。現在は「長野県は宇宙県」を合言葉に、天文文化を協働活動で創る活動を行っている。その中で、「市民科学」の未来を見据えて、100年にわたる「市民科学」の萌芽的な活動の調査研究を行っている。毎日小学生新聞にて「ガリレオ博士の天体観測図鑑」を連載中。