初めまして、山村浩太郎と申します。現在は埼玉に在住しておりますが、2019年から3年間、東京から1000km南にある離島「小笠原」に赴任しておりました。小笠原には人の暮らす島は父島と母島の2島があり、私が暮らしたのは人口約2,000人の父島。最初はのんびりとした島暮らしを楽しんでいましたが、2年目からは新型コロナで島の生活も一変。仕事もプライベートもなかなか大変でしたが、内地では考えられたいような素晴らしい星空に癒され無事に任期を終えることができました。今回こちらのコラム投稿の機会をいただき、そんな小笠原の星空、星景写真について紹介させていただきたいと思います。
星景写真歴
子供の頃から星は好きで高校では地学部に所属。手動ガイドによる星野写真をメインに撮り始めたのが星の写真のスタートでした。その後社会人となり、それなりの機材を揃えて望遠鏡による天体写真をメインに活動していましたが、家族ができた頃から活動を休止。機材もほぼ手放してしまいました。小笠原赴任時の手持ちの機材は初心者向けの安いデジタル一眼レフとキットレンズのみ。星空も見られたらいいな~くらいの気持ちで赴任しましたが、初日の歓送迎会からの帰り道で見上げた星空に圧倒され、次の週末には早速撮影開始していました。
若い頃に経験はあったもののデジタル一眼での撮影は初めてで、当初は試行錯誤の連続。そのようななかFacebookの「星景写真部」に入会し、皆さんの写真や撮影データを参考にさせていただき、題材の扱い方、画像処理等と学ばせていただきました。こちらの会員にも星景写真部で活躍されている方もいらっしゃると思いますので、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。
小笠原の星空
小笠原諸島は太平洋に浮かぶ絶海の孤島で、周囲360度まったく人工光が無いため星空環境としては国内でも最高クラスではないでしょうか。街中でも天の川がハッキリと見え、展望台に登れば水平線まで星がビッシリ。カメラを向ければ簡単に星空が撮れる贅沢な環境ですが、滞在後半には小笠原だからこそ撮れる星景写真を目指して色々とチャレンジしてみました。そんな写真をご紹介させていただきたいと思います。
「ザトウクジラのモニュメントと夏の天の川」
小笠原諸島近海には毎年12月から5月にかけて北の海から出産・子育てのためザトウクジラが回遊してきます。そのザトウクジラを見る「ホエールウォッチング」は小笠原で一番人気の観光アクティビティー。その巨大でダイナミックな姿は圧巻です。そんなザトウクジラのモニュメントが島にはいくつか設置されて、星景写真のいい前景となってくれます。ちなみにこのモニュメントは村役場から2~3分、つまり街の中心地に程近い場所。それでこの天の川の濃さが小笠原の星の凄さです。こちらは観光ポスターの写真として使っていただきました。
夜明け前、赤く染まり出した東の空に水平線に横たわるようにして姿を現した天の川。2月の夜明け前限定の光景です。この年は眩い金星が加わり、その光が海面に映り大変きれいでした。四方を見渡せる小笠原ですが、水平線まですっきりと晴れ渡る日はなかなか無く、この時も何日も通い詰めてやっと巡り会えた光景です。撮影場所は島の東側の山間にある「初寝浦展望台」。街から車を山へ15分ほどの走らせた場所。街明かりの影響もなく、東側の海が見渡せる絶好のスポットですが、背後には太平洋戦争時の軍施設の廃墟が未だ残っており、夜中に行くには結構勇気が必要な場所です。
同じく夜明け前の東の空ですが、こちらは8月。昇り出した冬の星々、そして冬の天の川と黄道光がクロスして作り出す巨大なX。夜明け前の空は刻一刻と色を変え、一瞬たりとも気が抜けません。その緊張感がまたいいです。撮影場所は「初寝浦展望台」の少し北にある「長崎展望台」。北東方向の海を見渡せる展望台で、昼間には“ボニンブルー“と呼ばれる青く美しい海の絶景を楽しむことができます。
夕日スポットとして知られる「ウエザーステーション展望台」。街の中心からも近く、夕方になると多くの観光客や島民が集まり夕日の沈むシーンを待つのが島のおなじみの光景です。西側の太平洋を一望できるこの場所は夜になれば満天の星空。8月の深夜、天の川の一番濃い場所が水平線に沈む姿を眺めていると、なんとなく海面が明るく見えました。写真を撮ってみると凪いだ海が天の川に照らされている光景が写し出されました。小笠原でもなかなかここまでの好条件には巡り合わないです。
ひとつ前の写真と同じ日、同じくウエザーステーション展望台での写真ですが、時間的には30分ほど前です。月が水平線に沈むタイミングを狙っています。水平線の染まり具合と海面に伸びるムーンロードが大変美しい光景。あまりにも空が暗いため、地上風景や海面が映らないので、月の光やその残照を演出に使った写真もよく狙っていました。
同じくウエザーステーションからの光景。1月の宵、夕焼けの残照の中、秋の天の川と黄道光が平行に並んで立ち上っていました。小笠原で見る黄道光はびっくりするほど明るく、最初はそれが黄道光だとは気が付きませんでした。この時はさらに木星も加わり見事な光景でした。
島内にはリフレクションが狙えそうなポイントは数箇所。その一つが南部を流れる八瀬川の水面。方角的には山から昇る夏の天の川が狙い目ですが、流れが緩いとはいえ川なのでなかなか水面が落ち着かず何度も失敗。通い詰めてやっと1回だけ完璧な夜が巡ってきました。街からは離れているため辺りは漆黒の闇で地上風景を完全なシルエットのみ。星だけでなく天の川のディテールまでも映り込む完璧なリフレクションに、出来上がった写真を見て鳥肌が立ちました。
島の中央部の山中にレーダードームやパラボナアンテナが並ぶJAXAの施設があります。種子島で打ち上げられたロケットの通信を行っている「ロケット追跡所」。まるで秘密基地のような施設は星と一緒に撮りたくなる対象で、いろんな季節にいろんな方向から撮影しました。この写真はカノープスがちょうど施設の上を通るタイミングを中望遠で狙ったもの。ちなみに北緯27度なのでカノープスの高度も高く、青白い明るい星として見ることができます。
内地では撮影中に悩まされる飛行機の軌跡ですが、コロナ禍で国際便の運行が止まっていたこともありほぼ皆無。その代わり空の暗さゆえ人工衛星が多く見え、薄明時での撮影の悩みでした。ただISS国際宇宙ステーションだけは、逆にその明るく迫力のある軌跡を狙った撮影を楽しんいました。この写真は島の中心地を見渡せる対岸から低い軌道でISSが通過するシーン。ISSがいつどの方角に飛ぶか、スマホのアプリで常にチェックしていました。
南の島といえば「南十字星」を狙いたくなるもの。ただ父島では高台から一番下の星「アクルックス」がギリギリ見えるかどうかという条件のため、かなり空の条件が良く無いと全景を見ることができません。季節的には1月の夜明け前から5月の日没後。何度も狙いましたが写真に撮れたのはほんの数回。なかなかしっかりとした写真にはなりませんでしたが、確かに十字に並ぶ星の姿を捉えることができました。
滞在中に肉眼彗星が出現してくれたらと思っていたところ、運良く2020年夏にネオワイズ彗星がやってきました。明け方の東の空に見つけてから約1ヶ月間、島内いろんな場所でその姿を撮影。写真は島中央部の山「傘山」の山頂に立つ通称「傘山鉄塔」と呼ばれるJAXA関係の設備と一緒に撮ったもの。この傘山鉄塔は観光客にはあまり馴染みが無いスポットですが、星景写真的には大変面白い存在でいろんなシチュエーションにて撮影させてもらいました。
小笠原に向かう船「おがさわら丸」の船上も晴れていれば満天の星空が期待できます。もちろん海が凪いでいても常に揺れる船上なので写真にするのは至難の業。運まかせでひたすら連写したら何とか1枚だけ星が止まっている写真が撮れました。高感度耐性の高い最新のカメラと明るいレンズならもっと歩留まりがいいと思いますので、ぜひチャレンジしていただきたいです。
小笠原に行くには
さてそんな国内随一の星空が待っている小笠原ですが、実際に行こうと思うとかなりハードルが高いのが現実です。空港はなく飛行機は飛んでいません。交通手段は東京竹芝桟橋から片道24時間を要する週1便(夏季・GWは週2便)の定期船のみ。運賃も最安の等級ですら片道約3万円と高く、しかもハイシーズンには予約が困難な便もあります。一般的な行程は6日間で、船中泊が2泊なので島での夜は3晩のみ。天気が悪ければアウトです。帰りの便を一便先に延ばせば一気にチャンスが増えますが、次の船は1週間後。結局ほぼ半月の日程となり、そこまでの休暇と宿泊費を工面するのはなかなか大変でしょう。
島内での移動手段はレンタルバイクが一般的。レンタカーもありますが台数が少ないこととガソリンが高い(現在230円/L程度)ことを覚悟しておく必要があります。また街から離れた宿を選択して徒歩圏内でという選択肢もあります。なお自然保護のためガイドなしでは立ち入れない場所もありますので注意が必要です。ちなみに「スターウォッチングツアー」を企画するガイド業者もありますが、普段星に馴染みのない一般人向けで本格的な写真撮影に対応するところはないようです。
星以外も魅力満載の小笠原
星空だけでも十分お腹いっぱいになる小笠原ですが、実際に行くとそれ以外の魅力もいっぱいなところが最大の悩みになると思います。ホエールウオッチング、ドルフィンスイム、シュノーケリング、ダイビング、釣り、トレッキング、最近ではパラセール。もちろん夕焼け・朝焼けも見逃せないので昼も夜も寝ている暇はないでしょう。写真は野生のイルカと一緒に泳ぐ「ドルフィンスイム」で出会えたハンドウイルカ。大海原で自由に泳ぐその姿に出会う感動、ぜひ体験していただきたいです。
最後に
このたびは私が3年間過ごした小笠原の素晴らしい星空を紹介させていただく機会をいただきありがとうございました。そして小笠原に少しでも興味を持っていただく方がいらっしゃれば嬉しいです。もし小笠原への撮影旅行を計画しようかとお考えになる方がいらっしゃいましたら、渡航、宿泊場所、おすすめの撮影地等々、具体的なアドバイスをさせていただきますので、FacebookやInstagramのメッセージにてお問合せください。あの星空を一人でも多くの方に体験していただきたいと思います。
最後になりましたが、このコラム投稿にお誘いいただいたロス玉青様に感謝いたします。
著者:山村浩太郎
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Instagram : kotaroyama
埼玉県川越市在住
2019年4月~2021年3月 東京都小笠原村父島滞在