<はじめに>
初めまして、毎日新聞東京本社でカメラマンをしている手塚耕一郎と申します。
まもなく入社して21年になりますが、星空とのつきあいはもっと長く、1989年12月に見た夕空の金星食が、天文への興味を抱く大きなきっかけとなった天文現象でした。当時私は小学6年生、子供の頃に感じた純粋な興味というのは、後の人生を大きく左右するものなのかなと、今も時々感じています。同じく小学生の頃に山登りが好きになりましたが、高校生の頃から次第に天体写真より星景写真を撮りたいという思いが強くなっていきました。やがて、カメラ好きだった父の影響もあり、自宅にあったマミヤの中判カメラを持ち出し、山に登っては星景写真を撮るようになります。出身は東京・八王子ですが、ヘール・ボップ彗星が訪れている最中に富山大理学部に入学し、大学院修了までの6年間を富山で過ごしました。学生時代に日本星景写真協会の立ち上げにも参加することができ、剱岳で星景写真を撮られていた中川達夫会長には、初めての海外旅行でアラスカとカナダの撮影にご一緒させていただきました。とても貴重で思い出に残る体験となりました。
アラスカ・フェアバンクス郊外で見たオーロラ(1999年9月7日)
毎日新聞社に写真記者として入社したのは2003年。新聞メディアの中の人という立場上、特に天文という分野で個人的な活動と取材活動を分けて行う事は難しい所もあります。長らく会の活動や写真展への参加からも遠ざかり、星景をほとんど撮っていない時期もありましたが、主要な天文現象は毎回極力欠かさず取材してきました。今回は、報道写真としての天文現象取材について、星景に関わる部分について書きたいと思います。
<流星群取材>
メディアの取材で毎年恒例となっている天文現象は、やはり流星群でしょう。ペルセウス座流星群やふたご座流星群は、私も極力取材に出るようにしています。新聞社における流星群の撮影では、かなり昔から地上の風景と流星を星景写真のように写し込む撮り方が好まれてきました。新聞で求められる写真は、人の暮らしや日常が感じ取れるいわばスナップ写真の延長のようなものです。流星の取材でも、星空だけを写す天体写真にはせず、何かしら地上の風景を取り入れて、日常生活の延長にある出来事として捉えたいという考えがあります。
また、あくまでニュース取材として撮影している場合、うまく撮れなくても前日や過去の写真でという訳にはいきません。流星群がピークとなる夜の天候が見込めず、前夜に取材して先出しする事はありますが、うまくいってもいかなくても当日勝負になるというのが基本です。それでも、自分の思っている所に飛ばないのが流星なので、複数台のカメラを設置して、運良く明るい流星がカメラの画角に飛び込む事を祈って、一晩中ひたすら撮り続けるというのが基本スタイルです。
報道写真という性質上、時期によっては前景となる被写体選びが慎重になります。東日本大震災が起きた2011年には岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」で、2013年には宮城県気仙沼市で津波によって陸に打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」でそれぞれ追悼の意味を込めてペルセウス座流星群の撮影を行いました。一本松はその後保存処理のために一度伐採され、共徳丸は撤去されています。共にもう当時と同じようには撮影できません。その年、その場所で撮ることに意味を見いだせるような被写体や場所選びを、まずは優先したいという事になります。
2022年のふたご群は東京都八王子市の陣馬山山頂(標高855m)で、シンボルの白馬のオブジェを入れて撮影していました。駐車場から徒歩20~30分ほど山道を登った場所で、都心方向の大光害には閉口しますが、西側の星空はなんとか見られます。ただ、夜中にかけて30人以上の人が次々と流星観察に訪れたのには驚きました。近場の夜景スポットなどとは違い、細い林道運転と夜間登山が必要な場所です。写真を撮る人もいれば、ただ見物するだけの若者グループもいましたが、0度に近い寒さの夜中の山頂がこんなにも賑わうのは想定外でした。それだけ流星観察が広く普及していることなのだと思います。
<月と太陽>
もう一つ、メディアで頻繁に取り上げられる月食や日食、中秋の名月や初日の出、スーパームーンなどについてです。月食や日食は、昔から取材の対象になっている天文現象で、中秋の名月も昔からの季節行事として毎年記事になっています。ただ、その年で最も大きく見える満月として「スーパームーン」という言葉が使われるようになったのは最近で、毎日新聞の記事に初登場したのは2011年でした。ちなみに、初日の出はテレビではおなじみですが、新聞では長らく取材には消極的でした。なぜなら、2日が新聞休刊日だからです。3日に配られる朝刊に、初日の出の記事は遅すぎるというわけですが、最近はWEB記事があるため各地で取材する機会が増えています。
富士山頂に昇る、ほぼ皆既の部分月食(2021年11月19日)
特に月や太陽を写すときには、どういった前景を取り入れるかで毎回悩みます。最近の撮影から、横浜港の大型国際客船のターミナル「大さん橋」で撮影した、2023年9月29日の「中秋の名月」を紹介します。広々とした屋上デッキには多くの人が集い、昇ったばかりの月を一緒に超望遠で写し込む事ができます。私は大さん橋でこのような撮影を行うのは初めてでしたが、ちょうど大さん橋の上では婚礼写真を撮影しているカップルが何組もいて、良いシルエットになりました。500ミリレンズに2倍テレコンバーターをつけて撮影していましたが、使用している架台は三脚ではではなく一脚です。人物までの距離は約250mで、撮影タイミングはほんの2~3分ほど。カメラの場所が、1mずれただけで月と人物の位置関係が大きく変化し、三脚を据えて撮るほどの時間的な余裕が無いためです。
最近一つ印象に残っているのが、2022年11月8日の皆既月食です。もはや定番となっている「スカイツリーと月食」を狙いましたが、天候も良くツリー近くでは三脚とカメラを携えた大勢の人たちがその時を待っていました。そして、皆既となってからは、ちょうど「ツリーの上に月が乗る」写真を撮るため、数十人の集団が日周運動に合わせて近くの隅田公園をじりじりと移動していきます。私も一時その塊に加わりました。たまたま広い公園内だったので特に問題はありませんでしたが、注目度の高い天文現象や、人気のある撮影地では、周囲や環境に与える影響が無視できない状況になっていると感じます。最近は、撮り鉄のマナーがクローズアップされる事例が相次いでいますが、天文でも状況次第で似たような事が起こりかねず、今まで以上に撮影者のモラルが問われている時代になっている事を感じます。
また、天文に興味を持つ人が増えるのはとても喜ばしい事なのですが、「この現象は何百年ぶり」といった珍しさをやたら強調するような報道を目にする機会が、最近かなり増えていると感じます。現象に意味合いを持たせるために、珍しさをアピールするのは分かります。ただ、例えば満月のサイズなど見た目でほぼ違いが分からないような事でも珍しさを前面に出すような報道が増えると、本来の珍しい天文現象が埋もれてしまうのではという危惧も感じています。自分で記事を書く機会も増えているため、余計な扇動はしたくないと、個人的には気に留めています。
東京スカイツリーの近くで皆既月食を待つ大勢の人たち(2022年11月8日)
<最後に>
この20年あまりの間に、新聞を取り巻く環境は大きく変化しました。以前は紙面掲載のための締め切りが、撮影した写真を送稿する締め切りでした。しかし、Live配信やSNSの発達で、リアルタイムで物事やイベントを共有するのが当たり前となり、数年前からは、WEBで先行して記事や写真を掲載するのが主流になりました。カメラマンは、撮影後すぐの写真送稿が求められ、仕事のスタイルも変化し続けています。WEBでは、紙面で紹介しきれない多様な写真を展開する事ができ、話題性の高い天文現象ではメディア各社がそれぞれ趣向を懲らした写真を出してきます。ぜひ報道写真として撮られた天文・星景写真にも目を向けて頂ければと思います。
著者:手塚耕一郎(てづかこういちろう)
毎日新聞写真映像報道センター 写真記者
東京都在住 日本星景写真協会 会友
X(旧Twitter):https://twitter.com/Koichiro_Tez
毎日新聞WEBページ内「星空と宇宙」
https://mainichi.jp/%E6%98%9F%E7%A9%BA%E3%81%A8%E5%AE%87%E5%AE%99/