2020年4月号「ヘール・ボップ彗星の思い出」

私はいまだフィルムカメラで星景写真を撮っています。とはいえ、長年愛用しているフィルムはすでに製造中止になって久しく、拙宅の冷凍庫に保管している在庫も底を尽きかけていて、「これが無くなったらもはや引退するしかないか…」と思うと使うのも憚られ(本末転倒ですが…^^;)、最近はほとんど撮影を行っていません
そんな引退同然の状況にもかかわらず、このコラムの執筆担当が回ってきてしまいました。いまさら何か目新しい話題があるわけもなく、あれこれ悩んだ末、年寄りの常として「思い出話」をさせていただこうと思います。
フィルムでの撮影のため、現在のデジタルカメラでの撮影スタイルとは違う部分も多いかとは思いますが、何らかの参考になれば幸いです。

へール・ボップ彗星について

すでに20年以上も経ってしまいましたが、1997年の2月から4月にかけて、「世紀の大彗星」と言われたヘール・ボップ彗星を追いかける忙しい日々を送っていました。
2月中旬、北八ヶ岳の縞枯山荘で氷点下20度の雪原に寝転がって眺めたのが、へール・ボップ彗星との初の対面でした。標高が高い場所ということもありましたが、このときすでに肉眼で見つけることができたのには驚きました。
その後、伊那、串本、南紀白浜、西穂山荘、新穂高温泉、白馬村、高ボッチ高原などなど、4月中旬までにざっと10回は出かけたでしょうか。通常、彗星の撮影チャンスは2~3日程度といったことが多いのですが、この異例のロングランは、まさしく100年に一度の大彗星の証しでした。4月上旬ごろには、大都会の街中でも、夕方の薄明中の北西の空で肉眼で楽に見ることができたのです。

串本・橋杭岩にて(1997. 3.17 明け方)

彗星のような淡い天体を狙う場合、できれば山に登って標高をかせぎたいところですが、時期的には冬山ですので、休みの日に天候を見て気軽に出かけるというわけにはいきません。そこで、3月下旬ごろと4月中旬ごろの2回、北アルプス・西穂山荘まで登る計画を立てつつも、3月はおもに紀伊半島に出かけ、串本の橋杭岩や南紀白浜の円月島など、海岸沿いの景勝地で撮影していました
この写真は3月16日の夜、仕事が終わってから車で紀伊半島の先端まで走り、17日の明け方、橋杭岩を前景にして撮影したものです。
このころのへール・ボップ彗星は夕方の北西の空と明け方の北東の空で見ることができたので、その日は昼間のうちに潮岬を越えて紀伊半島西側の南紀白浜まで行き、夕方は円月島で撮影。翌18日の明け方はまた橋杭岩に戻って撮影しました。18日の明け方に撮影したときは雲一つない快晴でしたが、HPや写真展などで発表する作品には、17日に撮影したこの写真のほうを採用しました。風雲急を告げるかのような雲のイメージが、世紀の大彗星と、橋杭岩の迫力あるシルエットに似つかわしいと考えた次第です。

北アルプス・西穂山荘にて(1997. 3.31 夕方)

3月末には予定通り西穂山荘(標高2367m)まで1泊のスケジュールで登りました。冬山としては比較的容易に登ることができる場所とはいえ、もちろんアイゼン・ピッケル携行の完全冬山装備です。このころは夕方の西低空に水星も見える可能性があり、水星も彗星もひらがなで書けば「すいせい」なので、水星と彗星を同一画面に入れて撮影し、「すい星たち」というタイトルを付けるといいだろうなどと考えていました。
幸いこの日は好天に恵まれ、小屋裏の雪原で眺めたへール・ボップ彗星の姿は圧巻の一言でした。さすが標高2300mです。驚異的なその姿にはただただ息を呑むばかりで、昔の人が畏れおののいた気持ちがよく分かりました。また、下界では見ることが困難な水星も、標高のおかげで、彗星の左下の少し離れたところできらびやかに輝いていました。この時に撮影したシルエットの笠ヶ岳上空に浮かぶへール・ボップ彗星です。一応、水星も写っています。(ただ単に「写っているだけ」ですが… ^^;)
水星と彗星の両天体を余裕を持ってとらえるには広角レンズが必要な状況でした。しかし、その場の判断で無理に二兎を追うことは避け、彗星を優先して標準系の明るいレンズを選択しました。それでも一応、水星も入れられる画角ではあったのですが、ヘール・ボップ彗星の姿があまりに凄まじく、結局は水星を完全に無視して構図を決めました。具体的には、手前左の立ち木、笠ヶ岳の尖がった頂上、へール・ボップ彗星の頭部の3点のバランスを考えてフレーミングしています。
その結果、水星は画面の左端にかろうじて入っただけになりました。(立ち木の左側の、左端ぎりぎりに写っている星です) 出来上がった写真を見返すと、もう少しだけ左に振っても良かったかな?とも思うのですが、この時、双眼鏡で見た彗星の尾は、(写真には写っていませんが)画面から右に大きくはみ出していたのです。
フィルムは現在のデジタルカメラと違って感度が低いため、彗星を入れた星景写真の撮影はなかなか難しいものがありました。もし現在のような高感度・高解像度デジタルカメラが当時すでにあったとしたら、きっとへール・ボップ彗星の素晴らしい星景写真が数多く撮影されていたことでしょう。

余談ですが、2013年11月23日の明け方、水星とアイソン彗星が東の空で横並びになることが分かりました。アイソン彗星が期待通り明るくなれば「すい星たち」というテーマで撮影する絶好のチャンスです。事前にいろいろ調べた結果、私は本栖湖近くの雨ヶ岳(1772m)に登ることにしました。雨ヶ岳の頂上からは、富士山の上空に水星とアイソン彗星が並んで輝くようすが撮影できるはずなのです。
しかし、1か月前に下見で雨ヶ岳に登ったところ、頂上付近の木の幹に真新しいクマの爪痕を発見! やむなく、ここでの撮影は断念しました。
ところが、後日、天文雑誌に、雨ヶ岳中腹(富士山の見通しのきく場所が中腹にも1ヶ所あります)で撮影されたと思われる写真が掲載されました。同じことを考える人もいらっしゃるんですね。負けた!と思いましたが、それにしても、とにかくクマと遭遇されなかったのは幸いでした。皆さまもお気をつけください。(尾瀬なども、クマには十分な注意が必要です)

白馬村にて(1997. 4.16 夕方)

当時、天文雑誌などの情報では「へール・ボップ彗星は4月上旬までがチャンスで、中旬以降は月明かりでダメ」とされていました。しかし私は、上弦の月が下界を照らしてくれる4月中旬こそが本番と考え、3月31日に行ったばかりの西穂山荘に4月14日からの3日間、再び籠る予定でした。西穂山荘からは西側に笠ヶ岳の稜線が望め、星景写真の定石としては、夜半過ぎに東の空から昇ってくる下弦の月の光で下界を照らしたい場所です。夕方の西の空に回ったヘール・ボップ彗星は薄明が残るうちに沈んでしまいますので、上弦のころは下手をすると逆光になってしまいます。しかし、事前のシミュレーションによって、4月14日くらいからは月光がトップライトのうちに撮影できると踏んでいました。
ところが、残念ながらこのころは天候が思わしくなく、予定を1日遅らせて出発はしたものの、わざわざ登山するような状況ではなく、結局その日は新穂高温泉で日ごろの疲れを癒すだけに終わりました。
翌日は天候がやや回復してきたので、晴れ間を求めて白馬村まで足を延ばしました。ここは国内屈指のスキーリゾートで、ヘールボップ彗星の翌年、長野オリンピックのアルペンスキーやジャンプ競技の会場となったところです。白馬連峰の東側山麓にのどかな田園風景が広がり、春には残雪の山並みが水田に映え、星景写真を撮影するにも絶好の場所です。(ただし、冬季はスキー場がナイター営業するため、星目的では近づかないほうが無難です)
ここもまた西穂山荘と同じで、本来は夜半過ぎに下弦の月で照らして撮影したい場所なのですが、4月中旬なら月光がトップライトのうちにヘール・ボップ彗星を撮影できるはずです。明るいうちに現地に到着し、かつて何度か撮影したことのある白馬大橋付近の松川の堤防にカメラをセットして、暗くなるのを待ちました。透明度がかなり悪かったのが残念でしたが、空はそれなりに晴れていて、夕焼けが終わって薄暗くなるころ、ヘールボップ彗星が早々とその威容を現しました。上弦過ぎの月も頭上やや後方で輝きを増し、期待通り白馬連峰の山肌を青白く照らしています。構図的には彗星の位置がやや高すぎてアンバランスだったため、暗くなっていく状況をにらみつつ、彗星が低くなるのを待って撮影しました。
撮影中、ふと川の対岸を見ると、同じように撮影している人がいました。当時は撮影現場で他の人と出会うことはまずありませんでしたので、びっくりしたことを覚えています。後日、その人の撮影と思われる写真が天文雑誌に掲載されていました。^^

伊那・千人塚付近にて(1997.04.19 夕方)

千人塚は中央自動車道・松川ICと駒ヶ根ICのほぼ中間の山側にある史跡で、かつてこの場所に北村城があり、戦国時代に織田信長の軍勢によって落とされたといいます。近年、灌漑用のため池(城ヶ池)が作られ、周辺が公園として整備されました。ここは桜の名所としても知られ、例年4月20~25日ごろが見ごろとなります。背後(西側)には中央アルプスの迫力ある山並みが間近に迫り、残雪の中央アルプスが桜とともに城ヶ池の湖面に映って、名立たる撮影スポットとなっています。ただ、桜の名所の通例として、花見シーズンには桜の木に電源コードが架けわたされ、何百もの無粋な提灯がぶら下がり、明かりが煌々と灯されます。残念ながら、桜の時期には星の撮影は諦めざるをえません。^^;
さて、桜のシーズンに千人塚で星の写真は撮れないと言いつつ、じつは私は「4月中旬の西穂山荘」と「4月下旬の千人塚」の2回を、ヘールボップ彗星撮影の本番と考えていました。
4月下旬の千人塚はまさに桜が満開のころで、月は満月に近く、普通に考えれば提灯や花見客だけでなく、月明かりも障害になりそうな状況です。しかし、ヘール・ボップ彗星が期待以上に増光を続けていたことから、月明かりに負けない写りをしてくれることは確実で、星景写真では出にくい桜の色も満月に近い月明かりなら十分に期待できます。画角の狭い中望遠レンズを使って、提灯を避けて桜の上部だけをうまく構図に組み込めば、残雪の中央アルプスとヘール・ボップ彗星、そしてその前景に満開の桜をあしらうことが可能と思われます。具体的には、下の参考写真(手前が桜並木)の構図で、ペルセウスの足元に彗星がいるはずなので、中望遠レンズで中央部分だけを切り取ればよいわけです。あとは晴れるだけ…と思っ!
ていました。
満を持して千人塚に出かけたのは4月19日。新聞情報によれば桜も満開です。この日は土曜日ということで花見の人出をやや心配はしていたのですが、行ってみると千人塚周辺は想像を絶する大変な人出でした。公園に登る道路は車で渋滞し、その横を地元の人たちがまるで村人総出といった雰囲気でぞろぞろと歩いているのです。あちこちに貼ってあるポスターが、この日、千人塚で桜祭りの花火大会があることを告げていました。(汗)
まさかこんな時期に花火とは…。半信半疑でやっと千人塚の駐車場にたどり着くと、あの、さほど広いとも思えない城ヶ池のほとりで、水中花火やら打ち上げ花火やらがドンドン上がっていました。あたりは見物客でごった返していて、車から出ると頭の上に火の粉がパラパラと降りかかってきます。(大汗)
月明かりに青白く照らされた中央アルプスの上には、まさしく期待通り、ヘール・ボップ彗星が威容を見せていました。しかし、さすがにこれでは撮影どころではありません。急いで千人塚から逃げ出したものの、もはや時間的に余裕はなく、たまたま通りがかった展望の良い民家の前で数コマ撮影したところで、ヘールボップ彗星は山にかかる雲に隠れていきました。
とてつもなく疲れた1日でした。

千人塚にて1989.12.19撮影

著者:服部 完治(はっとり かんじ)
愛知県在住 日本星景写真協会顧問(会長在任2006.6~2015.6)
写真同人ウルフ・ネット主宰 http://wolf-net.jp/
プラネタリウム勤務の傍ら、6×7判カメラをメインに、長年にわたって「星のある風景写真」を撮り続けてきました。2018年3月末で仕事をリタイヤし、いまフィルムの在庫が底を尽きそうな苦境のなかで、今後の進むべき道を模索中です。よろしければ下記ウェブページもご高覧ください。
●私の初めての星景写真 「明けの明星」(1972.8.5)
http://www.wolf-net.jp/museum/flr20/rest21/ha000a.html
●エッセイ 「星のある風景を求めて」(天文教育普及研究会『天文教育』2006年7月号)
https://tenkyo.net/kaiho/pdf/2006_07/2006-07-03.pdf

40代後半のころ・春の立山にて(2004.5)